Bonjour

志気が盛る洋服職人

楓州洋服店
楓州西服
花蓮の街をぶらぶらと歩く時、目を引く電柱広告が「店が小
さいけど全力でやる」に私を驚かせた。その瞬間に何となく
言葉で言えないほど感動されることがあった
好奇心の駆り立て店内に入り込み、ご主人にあいさつした
楓州西服1
「ここは本当に安い!」と書いてあった板が注目なのだ
ご主人は長年の経験と勘と基づく、手先の器用さに加え、弟
子入り時代ニ厳しい修練にて獲得した技を駆使して様々な洋
服制作を手がけてきた。
彼はミシンを使って優れる技術もさることながら、手作りす
る技術に秀でた人である。
楓州西服2
手がけたもの中には作業者の技術が製品の優劣を決めると同
時に本人のセンスが不可欠である。また、客からの規定の式様
を厳守したうえで、鮮明さも要求されるため、高い制作技術
を要する。
彼が手作業を進めるとリズムよく動く指先がまるで魔法のよ
うな錯覚に陥る。まさに妙技である。
楓州西服3
店の外は冬雨が降っており、肌寒いほど天気で心の温もりを
込めるご主人の真剣な姿が見る者を感動させた。
2010年一月十六日土曜日雨の夜

題目:隨筆 - 部落格分类:小說文學

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提灯屋

千年キラキラ光る伝統的な手工芸
燈籠
台湾ではいま、提灯のある生活をしている家はほとんどない
だろうか。電気照明の普及にない世代には提灯が日用品とし
て普通に家にあったものという。
燈籠1
現在では祭礼の際を除くと、日常の場でこのように使われる
こともほとんどない。近年は、竹ひごや紙の代わりにプラス
チックのシートを使い、蝋燭の代わりに 電球を使って、主
に祭りなどのイベントや屋台の看板として使用されることが
多い。インテリアや土産物などとしても販売されている
燈籠2
中国語では、日本でいう据え置き用の行灯(これも本来は、
字の通り携行用)を含め「灯籠」(タンロン)と呼んでいる
。元宵節などに用いる柄の付いた手持ちの提灯は「手提灯籠」
と呼ぶが、折りたたみ式のものは少ない。紙製の折りたたみの
提灯は「折疊紙灯籠」と呼ぶ。
燈籠3
小田原提灯のような円柱形のものは「直筒灯籠」、動物や植物
などの形にしたものは「造型灯籠」と呼ぶ。大型で軒などに下
げるものは球形に近いものがよく用いられるが、竹ひご(現在
は鉄線を用いることが多い)は縦に通すことが多く、このタイ
プでは折りたたむことができない。
燈籠5
現在は、照明用というよりも、慶事の際の飾りや、企業名や商
品名を書いて、広告として使うことの方が多い。軒につるすた
めの、枠を付けた四角い提灯は「宮灯」といい、中には走馬灯
に加工しているものもある
燈籠6
時代の流れは提灯を取り巻く環境を変えつつあり、日常的では
ないが台湾人には無くてはならない提灯が我々の心を潤わせて
くれる文化を、利用する側も大事にしていかなければならない
燈籠7
職人が減少し、台南では数が少ない提灯屋が古い伝統の工芸を
受け継ぐ、宣紙を通して穏やかに漏れる、やわらかな明かり。
自然素材と伝統技術から生み出される、そのぬくもりをお楽し
むことができる。
燈籠8
経済が市場原理を加速させ人々の価値観を変化させてきたが
伝統的な工芸も機械化の波を受け、手仕事による工芸は瀕死
の状態を迎えている
燈籠9
伝統的な材料や技術の上に文化としての評価を受けるまでになった
民間工芸も今やその存在が記憶から消えつつあるのがほとんどの地
域で見られる現状ではないでしょうか

題目:台灣本地遊 - 部落格分类:旅行觀光

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慶隆犂頭店

職人の魂に守れた鍛冶屋
慶隆2
慶隆犂頭店は昔から農具を鍛冶、販売する鉄工所である。
台中市の南屯に位置する<犂頭店>は知名度のないや便利
な交通のないや立派な観光施設のないことなどから、一般
観光客には敬遠される観光町に訪れる人を迎え入れている
慶隆5
自宅に作業場を設けて、鍛冶業を営んでいる職人一切の妥
協を許さないという信念が、真剣な表情と態度から感じら
れる。
慶隆8
足を止めて工房に向かうと、「コンーチャンー」と金属を
ハンマー等で叩いて圧力を加える音が聞こえてくる、どこ
か懐かしさが残る鍛冶屋をを見れば、古きよき時代へタイ
ムスリップしたかのような気がする。
慶隆4
慶隆鍛冶屋が一人で火造りをしているので大量生産はでき
なく、伝統を守って、昔とかわらぬ造り方にこだわり「ふ
いご」を使って焼き入れをして一本一本心をこめて打って
いる。
慶隆7
店頭に陳列しているそれぞれなサイズの草刈鎌を品揃えて
鍛造しているため制作までに時間はかかるが、手間暇かけ
て伝統にこだわた確かな技術がその品質に反映されている
慶隆10
鍛冶屋の守護神は毎日線香一本を供え、家族、火の安全、
鍛冶の盛衰などが守っているなぁ~
慶隆1
今もかわらぬ伝統的な鍛造技術を駆使し、我われの生活
のお役に立てると確信している
慶隆
清朝、日本統治時代から、多くの鍛冶屋が軒を並べ、生
活用品や包丁、農具などの一大産地であった。今も僅か
1軒の鍛冶屋が残り、昔の面影を残す職人の町
は何処かへ。


題目:隨筆 - 部落格分类:小說文學

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