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錐麓古道

天空の懸崖歩道

台風破壊のゆえで長い間に閉鎖された神秘な魅力に満ちる
「錐麓古道」は2009年11月下旬に民衆に開放して始まる。
台灣で最も代表性的な絶景はタロコ峡谷である、タロコ
峡谷で最も代表性的な歩道は錐麓古道である。
急斜タロコ峽谷と蛇行の激しい立霧溪を沿って築造した
錐麓古道は峻険な岩壁と懸崖、深い谷を連ね、山遊び心を
刺激する島内屈指の絶叫ドレッキングコースである。
標高1,000㍍を超える壮観な山谷が重畳と連なり、1日間
だけをかけて全行10.3㌔を踏破できる。急な高低差もない
山道は快適な山歩き、大変な苦労があまり必要ないという
タロコの自然絶景を充分に満喫できる古道の旅である。
錐鹿
慈母橋で下車、赤い鉄筋橋と微笑の石獅子が挑戦者を迎え
入れているが、ここから登山口に取り付く。
川床に散在する壮観な巨岩を眺めながら、その壮麗な絶壁
へと旅する山歩きを指す。
錐鹿1
荒々しい岩肌をかける「荖西渓」に沿い、奥へ進むと森を
経てつづら折の急な難路へ入る
錐鹿30
真っ白に磨かれた大理岩の斜床を水がキラキラと
輝きながら滑り降りてくる
道標
道標どおりに進み、1キロ上り坂へと入って行く!
軽いザックを背負ってもフウフウと大汗をかき、
大変な苦労を必要とする
錐鹿2
長いトレールを踏みしめ、ゆっくりと歩を進めて
行けば景色は一刻一刻と変化して行き、深遠なる山
の連なり、不思議に満ちた場所
錐鹿4
鉄製角材の梯子を登って林道沿いに歩く、
知らぬ間に過ぎ、無事に難所を越える
錐鹿7
すれ違い人もなく、聞こえるのは落葉を踏み音
と鳥のさえずりだけ心地良さを感じ、疲れも癒される
錐鹿8
南太平洋、イースター島にある巨大な石像遺跡
「モアイ」はこの古道も発見できるか?
信じられないこと...でもよく似てる
錐鹿5
急斜面に整備された鉄製梯子を登ると間もなく
山頂に着く、豪快的なマウテンビューを
目的に稜線を前進する
錐鹿9
視野が明るく展けて見晴らし抜群で、
険しい山道へ入る
圧倒感に迫る驚異の大展望が我々をそこに待っている
錐鹿10
岩壁に堀開いた細い道幅がやっと一人半しか横にならないで
歩ける、もちろん岩壁の反対側は目も眩むような谷底である。
もし手を放したら…。
錐鹿11
天空に歩く気分が味わえる絶叫する爽快な経験が
満載だけでなく、
千メートル深さある懸崖に恐怖感を濃厚に感じられるが
その実は冷や汗たらたらである。
錐鹿12
あれ~!童話の世界に生きるピノキオが俗世を逃げれ
て深山に巨岩を化したのか...その伸びる木の鼻が彼
の特徴じゃない...。
錐鹿13
かつて錐麓古道の沿路には錐麓、懸崖及びパダカン
(野麻という意味)など三つ駐在所があった。
いま遺跡もなくの懸崖駐在所のそばには警察官持館
代五郎のお墓がわびしい雰囲気に囲まれ、眠ってい
る。長い年月を経て石碑の表面にはすっかり苔生し
て歴史の歩みには亡霊の郷愁を感じさせる。
中国の民俗においては五郎さんがいま錐麓懸崖を掌
る登山者の守護神となるかもしれないが...もし誰か
ここに来たらと慰霊として菊の花、タバコとお酒を
供えて祭ることも忘れないでね…。
錐鹿14
森林限界を越え、涼やかな風が吹き抜ける天空の道に
着けば、目の前に広がる大パノラマ
峻険な岩壁と深い山谷を連ねる
森氏菊1
森氏菊
百年前の台湾はまさに学術研究の暗黒時代だったと言える。
首狩りが盛んに行われていた山岳地方は総面積の56﹪を
占め、神秘と禁忌の地域であった。
森丑之助は1895年に陸軍の通訳として台湾に渡り、豊富の
現地経験をもつ森は1912年に台湾総督府の依頼で原住民の
研究をしに来た。植物の採集では、彼個人の努力による20
余の台湾高山植物固有種が挙げられるが、それらの学名は
皆「森氏」と冠されている。
錐鹿15
特に険しい懸崖の両側には歩く人のつかまる鉄製手摺が
整備され、無事に渡させて不安な気持ちもなくなる。
老伯
おじちゃん..写真を撮る時に足元もご注意くださいね
何かあったら大変..!眼下には奥深さが底知れない山谷よ
錐鹿18
人がすれ違うこと出来ないほどの狭い道に掘られた洞窟が
絶壁に沿って穿たれている、人々は観音洞と呼ぶ。
錐鹿17
この峻険な岩壁を通り抜けた山道の建設は多くの關係者が
命を落としたということがあり、亡霊を慰めると山歩きの
人々を守るために洞窟の岩壁には純和風の観音石像が安置
されており、一世紀前の面影を残しつつ、歴史の重さを感
じさせる。
錐鹿19
峡谷脇の山道は極めて狭く、胆を潰す場所で、天に届く
ような断崖絶壁が両岸に相対しばがら延々20㌔も続き、
錐鹿古道のスケールの壮観な大自然には飽きれるほかはない
錐鹿16
一望千里の峡谷から視線をゆっくり下に移してゆくと
谷底深く、その水流の音の響きに「天下の険」のもの
すごさが伝わってくる
錐鹿20
目の前には峨々たる岩洞に未知の彼方へ旅を続けてい
る実感をいっそう湧き立たせる
錐鹿6
長い稜線を延ばした雄大な絶壁がもの凄い、圧倒感を
持って迫って来る。ここから眺めるタロコ峡谷は壮麗
の名に相応しく、雄々しくて気品がある
錐鹿21
木材を等間隔に並べた梯子段路を降り、あと10分間歩
くと廃墟になった昔のパだカン駐在所にたどる
錐鹿22
パダカン駐在所
今日はかつての門柱が残るのみである。
「太魯閣征伐軍事行動」の後、台湾総督府の統治政策
としてはまず山地の交通網を開発して道路を開き、次
に警備機関を増設するというものだった。かつて花蓮
県のセデック居住地域には42の警察官吏駐在所が置かれ
、山留駐軍隊を訓練するなどしてタロコの人々を抑え
付けた。その後、総督府は1918年から1937年までの間に
二度にわたって強制的に集落を移転させた。1918年から
1930年までは勧誘段階で、誘導を主とし、強制を副とし
て進められた。高山から下りて平地に移り住む者に対し
て、日本政府は新たな集落を建設し、警官駐在所付近
あるいは山地の道路の両脇に住まわせ、付近の駐在所が
直接これを管理した
錐鹿23
雰囲気の良い林に囲まれて快調、けっこう急な下り坂が続く
錐鹿24
群抜く水の美しさを持つ立霧渓を跨る吊り橋を渡ると
全行10.3㌔を踏破した
何度も訪れても感動のある錐麓古道は、訪れる人々の心
を魅力してやまない
錐鹿26
タロコは雄大な山々と清麗な渓谷をもつ、立霧渓が天に
近い深山に発する混じり気のない清流、限りなく透明な
青は自然が創る神秘の色である
錐鹿25
錐麓古道縦走の楽しみは歩いて来た絶壁を振り返る時

錐麓古道の歴史について
1910年に台湾の総督府は大規模な「5ヶ年理蕃計画」
を開始し、タロコ族に対して28回にも上る軍事行動を
発動した。そのうち1914年5月31日に発動した「太魯
閣征伐軍事行動」の規模が最も大きく、軍と警察と役
夫2万人を動員し、
錐鹿21
60日あまりをかけた結果、はじめてタロコのすべての
集落を征服した軍事のうまく進む為に道路を通り抜け
、峡谷の東西を結ぶ錐麓古道の難工事を始ったが、
この峻険な岩壁を通り抜けた山道の建設は
錐鹿22
日本工兵や味方蕃人を投入しながら、大理石の峽谷を
切り開く、困難を極めた工事であった。最後に山道完
成まで数多くの關係者が命を落としたと言う。





題目:台灣本地遊 - 部落格分类:旅行觀光

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